上海市における増値税“専用発票”電子化の全面的な運用開始について

 中国では増値税の納税管理にインボイス制が採用されており、増値税発票(ファーピャオ)と呼ばれる納税証憑を用いて増値税の管理が行われています。発票は税務局によって管理される納税証憑で、従来はすべてが税務局管制の専用用紙を用いて発行されていましたが、2015年から増値税普通発票の電子化が開始され、2020年9月1日からはエリアを限定して試験的に増値税専用発票の電子化とともに発票のデジタル管理の試験運用が開始されています。上海においても2022年5月23日より特定の企業に限定して運用が開始されていましたが、今年の1月23日より市内における全面的な運用が開始されています。今回は、増値税専用発票の意義と増値税専用発票がデジタル管理化された後の運用について概説します。

1.増値税専用発票の意義

 中国の発票には、取引における①納税証憑、及び②財務証憑、の二つの意義があります。①は、当該取引にかかる税金(増値税)が適切に処理されていることを確認することに意義があり、②は、当該取引における取引の内容及び金額を確認することに意義があります。発票を“領収書”と日本語訳することがありますが、確かに発票を“領収書”(支払証憑)としての使用する局面もありますが、制度上、発票は現金の受け渡しに伴って発行される文書ではありませんので、必ずしも正確な表現とは言えない場合があることには注意が必要です。

 ところで、増値税発票には増値税“専用発票”と増値税“普通発票”の二種類があります。この二種類の発票の大きな違いは、増値税“専用発票”は、発票の受領者が“一般納税人”である場合に、“仕入税額控除”及び“輸出取引における仕入税額還付”ができる、という点にあります。

2.増値税の課税と“仕入税額控除”

 日本の消費税と同様、中国ではモノやサービスの消費に対して増値税が課税されます。そのため、モノやサービスを最終的に消費する“消費者”は、増値税(13%、9%、6%、もしくは3%)を負担することになります。一方、経営活動を行う企業などの“事業主”がモノやサービスを購入する場合、これは自社の商品の販売やサービスの提供のための必要な取引(以下、『仕入』とします。)となりますが、仮に事業主が仕入にかかる増値税を負担しなければならないとしますと、当該事業主から提供されるモノやサービスを消費する消費者は増値税を二重に負担しなければならないことになります。そのため、事業主に対しては、法令が規定する一定の場合には“仕入”にかかる増値税額を負担しないこととされており、これを“仕入税額控除”といいます。なお、“仕入税額控除”の対象となる増値税額については、当該事業主の“輸出取引における仕入税額還付”の対象となります。

 増値税の課税を受ける事業主は、(1)一般納税人、及び(2)小規模納税人の二種類に分かれていますが、(2)小規模納税人は“仕入税額控除”の適用を受けることができません。一方、(1)一般納税人であっても、“仕入税額控除”の適用を受けるためには、原則として仕入先から当該取引に関する増値税専用発票の発行を受けなければならないこととされています。

仕入税額控除は、発票を受領した事業主が、税務局のデータベースにおいて発票の真偽の確認することにより控除の対象となる税額が確定されます。

3.増値税電子専用発票が電子化された以降の運用

 発票の電子化は、既に2015年に増値税“普通発票”から開始され、その後2019年からは増値税“専用発票”の電子化が開始されています。上記の通り、増値税“普通発票”では、仕入税額控除が認められないため、大きな問題もなく極めて広範かつ急速に普及していきましたが、増値税“専用発票”の電子化については、仕入税額控除や輸出取引における仕入税額還付との関係から発票を受領する事業主にも電子化の影響がもたらされることから、試験的にエリアを限定して運用が開始されています。

 発票の電子化については、①単に従来の発票管理システムを前提としてその発行媒体を紙から電子データに変更して発行する段階と、②発票管理システム自体をデジタル管理化する段階とに分かれます。増値税“専用発票”の電子化については、②と並行して制度変更が進められており、運用が開始された後の上海市では、従来の(a)紙媒体の増値税“専用発票”、(b)電子媒体の増値税“専用発票”、(c)デジタル管理化されたシステムにより発行された発票(増値税専用発票と印字)、の三種類が混載することになります。いずれも従来の増値税“専用発票”と同様の効果を有するものとされていますので、仕入税額控除や輸出取引における仕入税額還付への影響はありません。

 一方、従来の紙媒体の増値税“専用発票”(a)では、「記帳聯」、「発票聯」、「控除聯」の三連綴りとなっており、このうち「記帳聯」を発行事業主、「発票聯」「控除聯」を受領事業主が保管することとされています。また、電子媒体の増値税“専用発票”(b)に関しても、事業主は、“納税証憑”及び“財務証憑”としてこれをプリントアウトして保管しなければならないこととされており、いずれの場合も発行者から受領者に対して紙媒体もしくは電子媒体の「発票」を交付し、双方がこの発票を保管することが前提とされています。これに対して、デジタル管理化されたシステムにより発行された発票(c)については、発行者から受領者に対する「発票」の交付が前提とされておらず、発行者、受領者の双方が、管理システムから得られる売上税額及び仕入税額の情報に基づき納税管理を行うことが想定されています。そのため、現時点では、これまで同様に、紙媒体の「発票」もしくは電子媒体からプリントアウトされた「発票」の管理、備え置きが必要ですが、今後(c)が中国全土で完全に普及するに従い、取引先との間で「発票」のやり取りが行われることはなくなり、双方当事者による発票発行情報の確認を行うことで足りる状況になるものと考えられます。これにより、事業主の増値税の納税管理や財務管理が現在よりも格段に簡便化することが考えられます。

◇事業主の増値税発票の管理

 発行事業主受領事業主
(a)紙媒体の増値税“専用発票”「記帳聯」を財務証憑として保管「発票聯」を財務証憑として保管、「控除聯」を税務証憑として保管
(b)電子媒体の増値税“専用発票”電子媒体の「発票」をプリントアウトした文書を財務証憑として保管電子媒体の「発票」をプリントアウトした文書を財務証憑として保管、 税務証憑としての保管は不要
(c)デジタル管理化されたシステムにより発行された発票(増値税専用発票と印字)システムからアウトプットされる発票発行リストをもって財務証憑として保管することが可能 (発票を一枚ずつプリントアウトする必要なし)システムからアウトプットされる発票受領リストをもって財務証憑として保管することが可能 (発票を一枚ずつプリントアウトする必要なし)

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